歴史・旧跡   <NO,1>  <NO,2> <NO,3>
亀若丸の産湯・・・かめわかまるのうぶゆ
弁慶が岩を割って見つけだした温泉は、いまの「 薬研湯」で、自然の岩風呂であった。  弁慶がこの時使ったなぎなたの名が「せみ丸」で あったので、この地を瀬見と呼ぶようになった。また 、亀若丸が落人の身であることを知ってか、一声を 泣かなかったので「泣かぬ蝉」いとう意味でこの名 がついたともいう。さらに、昔ある人が湯煙のかか る松の木に止まっている蝉をつかまえた。この蝉は 傷を負ったので、湯煙で湯治をしていたのである。 このことから「蝉の湯」と呼ばれるようになったとも 伝えられる。
お産屋の跡・・・おさんやのあと
薬研湯の川向かいに祀られている山神社は北の 方が、ここに産屋を建てて、しばらく養生したところと いわれ、後に村人がこの地を不浄にしてはいけない と「山神」の碑を建てた。 この山神は安産の守り神 として崇められている。
斉藤茂吉碑・・・さいとうもきちひ 亀割子安観音・・・かめわりこやすかんのん
湯前神社のすぐ隣に建つ、文人斉藤茂吉の歌碑 です。「みちのくのいで湯の朝市に熊茸というきの こうりけり」と、逗留を楽しむ茂吉の姿が刻まれて います。 北の方が義経の子、亀若丸を出産した際に加護 のあった観音様で、子授けと安産の神として親しま れています。杉木立の中にひっそりと燈明が揺れ、 静かな佇まいが遙か古えの面影を今に伝えていま す。
弁慶の硯石・・・べんけいのすずりいし 古峯神社・・・ふるみねじんじゃ
瀬見発電所の近くの大きく平らな岩を「弁慶の硯 石」と呼んでいる。文治 3年亀若丸の名を付けると き、弁慶 はこの岩を硯として墨をすったという。この 近くに弁慶の足跡や馬の足跡の付いた岩がある。 参道には最上西国33観音の石仏が祀られている。
湯前神社・・・ゆまえじんじゃ
文治3年に弁慶によって発見された瀬見温泉の 守り神で、そのお湯は亀若丸の産湯として使われ ました。毎年9月1日に義経を偲び中尊寺、毛越寺 の僧侶による供養祭が行われます。
亀割峠参道・・・かめわりとうげさんどう 瀬見発電所・・・せみはつでんしょ
文治3年兄頼朝に追われた弁慶義経一行が越えた と伝わる峠であり、その歴史的ロマンの面影が今も濃 く残る。 明治45年1月25日(1911年)に使用開始、山 形県内で2番目に古い発電所。

最大出力  380KW
使用水量  3.34M/S
有効落差  14.7M 瀬見渓谷 



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